世知原茶
長崎県佐世保市世知原町。国見山から連なる山々に囲まれたこの土地では、冬になると雪が茶畑を覆い、朝には深い霧が山を包みます。
標高350〜450メートル。冷涼な気候と朝晩の寒暖差の中で、春の新芽は平地よりもゆっくりと時間をかけて伸びていきます。
収穫の時期は、温暖な産地より一週間から十日ほど遅くなることもあります。それでも、その時を待ってくれる人がいる。
時間をかけて育った肉厚の茶葉から生まれる、豊かなうまみと香り。
それが、世知原という山の土地が育てるお茶です。
前田製茶の歩みは1952年に始まりました。
かつて炭鉱の町だった世知原。炭鉱が閉山へと向かう中、初代は仲間たちと山を切り拓き、この地でお茶づくりを始めました。
その茶畑を二代目へ、そして現在の三代目・前田晃宏さんへ。
幼い頃から祖父母とともに茶畑へ行き、お茶づくりを身近に感じながら育った前田さんにとって、茶園を受け継ぐことは自然な道だったといいます。
三代にわたり受け継がれてきたのは、茶畑だけではありません。この土地だからこそ生まれるお茶をつくり続けるための仕事と技術もまた、世代を超えて受け継がれています。
茶の栽培から製茶、仕上げ加工、販売まで。すべての工程を自分たちで手がける「自園・自製・自販」。
畑で育った一枚の茶葉が、一杯のお茶としてお客様の手に届くまで、そのすべてに責任を持つことが、前田製茶のものづくりです。
自ら販売まで手がけるからこそ、飲む人の顔が見え、声を直接聞くことができます。
「おいしかった。」
「ここのお茶を飲んだら、ほかのお茶は飲めない。」
そんなお客様の言葉が、また次の年のお茶づくりへとつながっていきます。
その土台にあるのは、三代にわたって続く土づくりです。
冬、茶の木が休眠する時期にも、畑の仕事は続きます。有機質の肥料や堆肥を使って土を整え、茅やススキを細かく粉砕して茶畑に敷く「敷草」を、初代の頃から続けてきました。
目に見える新芽が生まれるずっと前から、次の一杯をつくる準備は始まっています。
そして春。寒暖差の大きい世知原では、新芽は急ぐことなく、時間をかけて伸びていきます。ゆっくり育った肉厚の茶葉が、この土地ならではのうまみと香りを生み出します。
前田製茶が大切にしているのは、その茶葉が本来持つ個性を、できる限り損なわずに引き出すことです。
多くのお茶で深蒸し製法が使われる中、前田製茶は祖父の代から浅蒸しを守り続けています。
鮮やかな緑色を追うのではなく、世知原の茶葉が持つ香りを残す。そのために蒸す時間を短くし、仕上げ焙煎も浅めにすることで、若芽の爽やかな香りを引き出します。
前田製茶がつくるのは、西九州に受け継がれてきた「蒸し製玉緑茶」。一般的な煎茶のように茶葉を針状に伸ばす最後の工程を行わないため、仕上がった茶葉は勾玉のような丸みを帯びます。
お湯の中で茶葉がゆっくりと開き、二煎目、三煎目まで続くまろやかな味わい。
色よりも、香りを。
そこには、三代にわたり守られてきた前田製茶のお茶づくりがあります。
その品質は、長年にわたり高く評価されてきました。全国茶品評会では二度にわたり日本一にあたる農林水産大臣賞を受賞。さらに天皇杯をはじめ、九州や長崎県の品評会でも数多くの賞を重ねてきました。
それは、恵まれた自然だけで生まれたものではありません。
毎日畑へ足を運び、茶葉の状態を見る。畑の状態を見極め、摘み取る時期を判断し、その年の茶葉に合わせて製茶する。
三代にわたり積み重ねてきた仕事の一つひとつが、その一杯を支えています。
前田製茶が見つめているのは、伝統的なお茶づくりだけではありません。
和紅茶やビアカクテル専用茶、食品会社との商品開発など、世知原茶の新しい可能性も探り続けています。
けれど、その先にある願いは変わりません。
新しい味わいや商品をきっかけに世知原茶を知り、茶葉を急須でゆっくりと淹れ、本来の味と香りを楽しんでほしい。
湯を沸かし、急須に茶葉を入れ、お茶が出るまで待つ。
その時間もまた、お茶の楽しみの一つです。
雪の積もる山で、時間をかけて育つ茶葉。三代にわたり磨かれてきた土と技。
前田製茶が届ける一杯には、世知原の自然と、この土地の香りを守り続けてきた家族の歩みが息づいています。















