キャンドル
肥前の灯りをつくる
野田武一商店
長崎県波佐見町。
焼き物の町として知られるこの土地で、使い終えたろうそくに、もう一度命を吹き込む仕事があります。
その仕事を手がけているのが、野田武一商店と、障がい者就労継続支援B型事業所「幸房かおりや」です。
野田武一商店の始まりは、1926年。創業者の野田武一さんが、佐賀の町でほうきやたわしなどを売り歩いたことから、商いが始まりました。
その後、拠点を長崎へ移し、時代とともに日用雑貨、線香、ろうそくへと扱う商品を広げてきました。
暮らしが変われば、必要とされるものも変わる。けれど、人々の暮らしに寄り添う商いは、五代にわたって受け継がれてきました。
転機となったのは、四代目の時代に始まった、使用済みろうそくの回収です。
葬儀で一度使われたろうそくは、まだ燃やせる部分が残っていても、再び使うことができません。
処分するしかない。けれど、まだ使える。
お客様から聞いた、「もったいない」という言葉から、新しい仕事が始まりました。
現在、5代目を務める野田洋市さんが製造を始めた当時、野田武一商店にはろうそくをつくった経験も、専用の設備もありませんでした。
地域の仲間に協力してもらい、廃材の一斗缶にノズルを付け、塩化ビニールの管を型にして、手づくりの道具で試作を重ねました。
やがて転機となったのが、廃業するろうそくメーカーとの出会いでした。
栃木、佐賀、東京。役目を終えようとしていたメーカーから製造機を譲り受け、少しずつ製造の環境を整えていきました。
使い終えたろうそくを、使われなくなった機械で、再び灯るものへ変えていく。
使用済みのろうを溶かして型に流せば、それで完成するわけではありません。
小さな汚れや不純物が残れば、火がつかない。
炎が安定しない。
ろうが流れ、形が崩れてしまう。
回収したろうを何度も濾し、130℃まで熱し、温度を見極めながら型へ流す。
季節によって機械の状態も調整します。
新品の原料からつくる以上に、繊細さと経験を必要とする仕事です。
失敗を繰り返しながら、一つずつ技術を積み重ねてきました。
そして、ろうそくをよみがえらせる仕事は、人と人とのつながりへと広がっていきます。
野田さんは福祉事業所「幸房かおりや」を立ち上げ、障がいのある方々とともに、ろうそくの回収や製造に取り組んでいます。
ろうそくを回収し、汚れを取り除き、原料を整え、再び製品へと仕上げていく。
一つの灯りが生まれるまでには、多くの人の手と、丁寧な仕事が重なっています。
使われなくなったろうそく。役目を終えた機械。そして、それぞれの力を生かせる仕事。
野田さんは、それらをつなぎ、もう一度活躍できる場所をつくってきました。
江戸時代には、使い残されたろうを集める「蝋燭の流れ買い」という仕事があったといいます。
当時は貴重だったろうを余すことなく集め、再び生かす仕事。
野田さんが始めた取り組みは、時代を越えてよみがえった、現代の「蝋燭の流れ買い」ともいえます。
そして「もったいない」の精神は、ろうそくの枠を越えて、焼き物の町・波佐見ともつながっていきます。
商品にならず、本来なら処分されるはずだった波佐見焼。何時間もかけて砕き、磨き上げられたその陶片と、冠婚葬祭で使われ、役目を終えたろうそく。
ふたつの「もったいない」が出会って生まれたのが、「かけらキャンドル」です。
器としての役目を終えたものが、灯りとして新しい命を宿す。ひとつとして同じ表情のないその姿には、波佐見の土と炎、そして人の手の温もりが宿っています。
2024年11月、波佐見町のやきもの公園に、14,124個のキャンドルが灯りました。
「波佐見キャンドルナイト」。
野田さんが目指したのは、焼き物の町・波佐見だからこそできる、みんなでつくるキャンドルナイトでした。
イベントに向けて、7月から11月まで「かけらキャンドルづくり」のワークショップを開催。100人を超える人たちが参加しました。
参加者がつくるキャンドルは、それぞれ二つ。ひとつは持ち帰り、もうひとつはキャンドルナイトへ寄付します。
そしてイベントの日には、自分のキャンドルを持って会場を訪れ、並べ、火を灯す。
誰かがつくった景色を見るのではなく、一人ひとりがその景色をつくる人になる。
そうして集まった14,124の灯りが、やきもの公園を照らしました。
使い終えたろうそくから始まった野田さんの仕事は、やがて人と人をつなぎ、町の風景をつくる灯りへと広がっていきました。
もう一度、火を灯す。
その小さな炎には、ものを大切にする心と、人と人をつなぐ野田さんの想いが込められています。













