しかし、着物を着る人が減り、仕立ての仕事は次第に少なくなっていきました。海外縫製が増え、国内の和裁技能士が受け取る仕立て料も下がっていく。かつて多くの職人を育てたモトヤマ和裁学院も、2013年に閉じることになりました。
技術があっても、それだけでは仕事を続けられない。その現実の中で、巧大さんは一度、和裁の世界を離れます。カーディーラーとして多くのお客様と向き合い、営業の仕事に取り組みました。そこで学んだのは、良いものをつくるだけでは、その価値は届かないということでした。どうすれば興味を持ってもらえるのか。どう伝えれば、商品の背景や魅力が相手に届くのか。職人として身につけた「つくる技術」に、営業の仕事で得た「伝える力」が加わっていきました。
一方、東京で美容師として働いていた誠也さんは、家族が長く携わってきた和裁の仕事が失われていくことに危機感を抱いていました。兄が和裁を離れたと知り、二人で新しい着物の仕事を始めようと呼びかけます。
守りたいのは、昔の着物の形だけではない。和裁技能士が培ってきた技術と知恵を生かしながら、今を生きる人が着たいと思えるものをつくること。着物を着る人が増えれば、仕立てる人の仕事も生まれる。その考えから、2019年、兄弟は「巧流-call-」を立ち上げました。

巧流-call-が向き合ったのは、多くの人が着物に感じているハードルでした。着方が難しい。着崩れが心配。値段が高い。手入れが大変。洋服とどう合わせればいいか分からない。
その一つひとつを見直し、約1年にわたる試行錯誤の末に生まれたのが、1分ほどで着ることができ、着崩れしにくい着物です。襟先に付けた紐を背中の穴へ通し、体に巻いて固定する。複雑な着付けをしなくても、一人で着ることができる仕立てです。
さらに、スーツやシャツにも使われる洋服生地を採用しました。自宅で洗うことができ、保管や手入れがしやすい。タートルネックやシャツ、スニーカーや革靴とも自然に組み合わせられる。着物を、特別な知識が必要なものから、ファッションの選択肢のひとつへと近づけました。
着やすさを追求しても、ものづくりの中心にあるのは和裁です。
巧流-call-の着物は、国内の熟練した和裁技能士が、一人ひとりの体に合わせて仕立てます。反物を調べ、生地の縮みや歪みを整える。寸法と柄の位置を考えながら裁断する。
布を傷めないよう、チャコペンではなくヘラで印を付ける。表地と裏地を縫い合わせ、全体の収まりを確かめ、数日かけて形を整えていきます。
完成した後にはほとんど見えなくなる工程にこそ、着心地と美しさを支える技術があります。
和裁は、ただ布を縫い合わせる仕事ではありません。生地の性質を読み、その人の体と、着る場面を想像しながら、一着を形にする仕事です。


巧流-call-が提案するのは、毎日着物で生活しなければならないという未来ではありません。
結婚式や式典では、スーツの代わりに着物を選ぶ。パーティーや登壇の日には、自分らしさと品格を表す一着をまとう。
休日には、洋服と組み合わせて街を歩く。月に一度でも、自分が着たい日に着物を選ぶなら、それも着物のある日常です。
その考えから、巧流-call-では、最上位のフォーマルライン「礼着」、人と集う場のための「箔着」、自由に楽しむ日常着「流着」を展開しています。
着物を着ること自体を目的にするのではなく、その人の暮らしや、出かける場所に合った着物をつくる。着物を、人生の少し特別な時間に選べる一着へ。それが、巧流-call-の提案です。
兄弟は、着物だけを見せることにもこだわりません。
飲食店を訪れた先に着物がある。
サウナを楽しむ中で、和裁技能士が仕立てたガウンに出会う。
洋服や香り、革製品など、それぞれの好きなものを入口に、自然に着物へ触れてもらう。
着物に興味がない人にも届く場所をつくることで、新しい着物文化を育てようとしています。


目指しているのは、和裁を過去の技術として保存することではありません。
和裁技能士が、自ら新しい形を考え、デザインし、その手で仕立てること。
若い人が「和裁技能士はかっこいい」と憧れ、仕事として選べる環境をつくること。そして、技術を教える場所をもう一度つくること。
元山兄弟は、今の人が着たいと思う着物へ変えながら、その技術が必要とされ続ける未来をつくろうとしています。
巧流-call-が仕立てているのは、着る人の自由と、職人が誇りを持って仕事を続けられる、新しい着物文化です。





